愚息が言った。
「オレはコミュ力は高い方だよ?でも社交的じゃないんだ」
友達が少ない彼に、私が「友達でもビジネスパートナーでも、少し交友関係を増やしたらいいんじゃない?マイナスにはならないと思うけど?それともそういうの(友達をつくる)難しいの?」というような内容を言った時に返ってきた言葉。
上手いことを言うものだ。

● コミュ力(「コミュニケーション能力」を略した表現。)
 : 人との会話や意思疎通などを円滑に行うことができる能力やその程度などを意味する語。
● 社交的
 : 人とのつきあいに積極的で、つきあい方のじょうずなさま。

もう自立した大人なのでそんなに観察する機会もないが、連れ立って出かけた時の様子や仕事の話から判断するに、「コミュ力」は確かにあると思う。必要な場面で説明もコミュニケーションもとれる。ただ「社交性」はかなり低いだろう。あまり必要と思っていない風にも見える。
ちなみに冒頭の私の提案の回答だが、友達は無理に作らなくてもいいそうだ。ビジネスパートナーは必要かなとは思っているけれど、今は時期じゃないらしい。

大体の人間は社会の中でしか生きていけない。だから社交力は必要なのだと、自分もそのように頑張ってきたし、愚息にも良いことなのではとすすめてみたのだが、ちょっと考えた。

自分もともとそんなに社交的ではない。小さい時は内向的ですらあったが、度々の転校で「社交性の向上」に迫られがんばったのだった。あの時は「この世界の歯車に組み込まれなくてはおいていかれる!」みたいに思っていたかな。
そんな風に歩んできたが、今はどうかというと『ふりだしに戻る』だ。少ない友達とビジネスパートナー、仕方無しの外出以外は家の中で毎日アレコレ忙しく楽しくやっている。

あくまで私の場合だが、「社交性の向上」のために頑張った方向性が悪かった。いろいろな人とスマートに付き合うために、子供の頃からやってきたのが「相手にあわせる」だった。人の顔色とニーズを読み取るのは得意だ(あまり自慢にならないけど)。だが気がついたら「私」を見失いかけていた。30代からそれをやめるようにしたのだけれど、染み付いた考え方はなかなか抜けなく、結局無理のない自分でいるのに最近までかかった。いや、今もまだなにかオカシイかもしれない。

そう考えると、愚息が友達が少なくても、自分の個性に沿った生き方をするから、というのはごく当たり前だが、とても良いことに思える。あとは、自分が気持ち的に必要な時に、素直にその「コミュ力」を発揮して「社交的」で居られるといいけどね。
どちらのスキルもあるといい。けれど無理は禁物。必要な時に必要なバランスで発揮できるといいよね。

コミュ力と社交性ね~結構深いわな、とこうやってたまに思い出しているのでありました。

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日記・思った事
 21, 2019 22:36

つながって嬉しかったこと

大事な友だちちゃんと、一昨日LINEがつながった。

数年前は普通にLINEをしていた。彼女は国内にいる時間が少なく、いついるのかもわからないのでナカナカ連絡がとれなかったのだが、LINEのおかげでかなり気軽に連絡が取れていたのだ。……が!!!!
IT音痴の彼女がキャリアを変えたらいろいろと断ち切れてしまった。
メールを出しても返信がこない。送信されているのに、受け取れていないみたいだし。
もーどうしようかというところでようやくつながった。
しばらく連絡がとれていない、ほか友達ともつながった。

頻繁に連絡をとるわけじゃないけれど、いつでも連絡がとれる安心感。
下手をすると年に1,2回の連絡だったりするが、お互い最期まで友達でいたいと思う相手だ。
つながって、ホントそれだけでなにやらハッピーである。

日記・思った事
 09, 2019 01:14

スイッチはいりました

瞬間、カッとする事がある。
脳内の大半が冷めているのに、小さなスイッチがあって、それがカチっと入る時がある。

今日の事。
ツムツムをなぞっていたら反応がなくなった。どんだけ乾燥しているんだ。
肌あれするだけあって、どうやら体全体乾燥しているらしい。
以下心の声
↓ 「乾燥してるから反応しないんだろうな、前もあった同じだ。」
↓ 「ディスプレイの保護シートが古くなったのか?と疑うも、8割がた乾燥が原因だよな」
↓ 「シート古いけど原因じゃないみたい、剥いだら面倒だよな、ゴミつくよな、また買うことになるよね」
とわかっているのにバッと剥いでしまう。

ゲーム中とかに半パニックで「血がのぼる」ときは、色々見えていない文字通りパニック。
でもそうじゃないこの変に冷静な切れ方は、自分で嫌いだ。
でもわかっているのに、壊したくなる時がある。
そして壊しはじめると一度破壊し尽くすまでとまらない。
すぐ壊せない時は、何日もこの冷めたな気持ちを抱えてすごす。
なのにアタマのどこかに血がのぼっているから行動は完遂しようとする。
しょーもないなと思う。後悔はしていないが、そういう自分は嫌いだ。

でもね…
剥がしてしまったシートを水洗いして
「もう一度つくかなー、ついてねー」と、やらなくても良かったシート貼りをする自分は、
…結構すきだ。


昨日お仕事中、私より年若いでも大変仕事のできるリーダーがつぶやいた
「うーん、おりてこない」
やっていた仕事に行き詰まっていた。よくあるやつだw
みんなで[閃くとき]ってどんな時って話になった。
リーダーはお茶碗を洗っている時が多いそうだ。
Aさんはお風呂だった。
私はなんだろうかー、ぼーっとしている時かな?

仕事だったり、人生のあれこれだったり大きいのから小さいのまで色々と行き詰まる事がある。
作っていたロゴのカーブだったり、ゲームの謎解きだったり、道に迷っていたときだったり、本当に色々w
行き詰まっただけでココは終わりじゃない。このATフィールドの先にまだ続く何かがあるのだ。

突破口が見えないときは、ちょっと放置するのがいい。
胃をキリキリさせて考え続けるより、お茶でものんで違うことしてみるのも手だ。
きっとフワっと神が降りてくるからさ。

昨年末ほどから良くなったり悪くなったりの肌荒れが続いている。
赤くなってブツブツとでてきたりする。
皮膚科もいってみた。保湿用しろとか髪の毛が顔につかないようにとかの、基本的な対処を説かれる。
とにかく良くなったり悪くなったり。ひどいときは本当に赤いしブツブツ。
よくなると今まで通りのツルン。
ここのところは、赤くはないけれど、顔を触るとザラザラというかブツブツしている。

色々試した。
消去法でやってみた。肌荒れが始まった時期に使い始めたシャンプーを疑ったり、髪の毛や猫の毛を疑ったり、今まで使っていた化粧品もひとつづつ使って様子をみてみたりした。
寝不足、お酒、刺激物も疑ってみた。(まあ酒はやめないけどね!)

最後に皮膚科に行ったときはほぼ全快だったのに、その翌日からボツボツでたところで、ネットで色々みてみた。症状に名称をもらわなかったからね!
自己判断なので、絶対そうとはいえないけれども「酒さ(しゅさ)」の症状にほぼ合致する。

●酒さ(しゅさ)
⇒ 酒さ:Wikipediaでは
⇒ 酒さ:ヨミドクタープラスでは

たくさんググってみたけど、大体こんな感じ。ウィキの画像はひどい状態だと思う。
本当にたくさんググったので、もうどれがどうだかわからなくなってきた。
そして、治す為だからといって酒をやめようとか、あれもこれも気をつけようとかやってると、逆にストレスになりそうなので、一度頭をリセットすることにした。

・何事もやりすぎはイケナイ
 (化粧のしすぎってもともと大して塗ってないけど。。、酒の飲み過ぎ、カフェインのとりすぎ、心配しすぎ)

仕方ないのである。おとしなのだから、体もアチコチガタがきている訳だし、素敵な出会いを待っているお年頃だったら落ち込むかもしれないけど、待ってもないし待たれもしないしね!
考え過ぎがイケナイ。ただ湿疹みたくなったら治しとこ。ちゃんと寝て、普通に顔あらってやっすい保湿クリームつけてリャ治るのである。

更年期の症状っていうか、多分今後も加齢によっての不具合がどんどんでてくるのだろう。
そうそう、数週間前に人生初のギックリ腰もやったんだ。お花をふわっと持っただけでした。瞬間、尾てい骨から骨盤あたりまで電撃を受けたような衝撃に数分動けなかった、、、。長い数分間でありました。
カラオケ行っても高音域がでなくなるし、顔から体から肉が重力に従って下にー下にー、手足をみても皮膚にハリなし、ゲームしたって反射も理解力も落ちてるし。周りが「そんなでもないよー」と言ってくれても、数年前の自分との比較は自分にしかわからない。

以前、母が、母50歳の誕生日の時、
「今日から10年歳をとらないことにするから。10年間は50歳で、10年後に還暦になるからねー」
と一言。我が母上は何を言っているのだろうか?と思いながら、いつも変な事言ってるしとその時はスルーだったのだが、先月の雪かき帰省時思い出し、80歳になった本人にその意図を聞いてみた。
「あー、そんな事言った気がする。50代は更年期とか、体も、自分の使命もどんどん変わって行く時だから、めんどくさいなーって思って、その10年はなかったことにしようと思ったの^^^」
なかったことになるんかい!?
母には敵わないと思った。もういいや、深く考えても特に良い事もなさそうだ。

同年代の皆様も、まだお若い皆様も、何も考えないのは問題だけれど、考えすぎても良い事ないから、適度に手放してともにゆるく活きていきましょうぞ。
と、本日3杯目のカフェオレとポテチを食べながら、これを書く自分であった。

日記・思った事
 11, 2019 23:45

8年目の3月11日

今日は歯医者に行って、友人とランチ&お茶で近況を語りあい、帰ってからはオンデマンドの講義を受講。
普段の生活だ。パタパタと過ごす。

忘れてないし、忘れようもない。
別に今日に限らず何かにつけて思い出す。
一緒に何もできなかった無力感も思い出し、ため息をつく。

そしてご飯のあとは、本を読んだり録画していたアニメをみて笑ったりして、今寝支度をしている。
今日が終わることをまた思い出し、考える。
なんだろうね。8年経つのにこの胸の内を文字にできない。
昨年夏過ぎから、どんどん気持ちが楽になってきた。
半年も経過した今頃、なんでだろうなと振り返ってみる。

私が一番きつかったのは、人との距離感。
もともと他人にあまり興味がなくて(ごめんなさい)、興味がある人には話しかけてしまうのだが、面白いなと思うから、結構しつこい(さらにごめんなさいw)。そうじゃなければ相槌は打っても、実は全く記憶に残っていないレベルだ(本当にごめんなさい)。

まあいろいろあって、「人付き合いの変なこだわり」?みたいなものを手放したあたりから楽になった気がする。同時に他も楽になった。仕事にしても、好きな趣味やらとても肩の力を抜いて楽しめる。
これは「こだわりとか執着をある程度手放したせい」じゃなかろうか?でも「ある程度」だ。完全にではない。

私のこだわりと執着の範囲は、かなり狭くてそして深い。だから本当に根深くて、どこまでも掘り下げようとする傾向がある。それを「ある程度」手放しただけで、なんと人生が楽になったことか。もう少し手放せば、さらに充実した感じになるのだろう。

今実家に雪かき帰省中だ。
いつもの通り、年寄りたちに合わせて9時にはテレビもない元自分の部屋のこたつに足を突っ込んで、先ほどまでは本を読んでいた。家にいればネットに繋がりゲームをしている時間だ。ちょい前までは、あのゲームがやりたい、進行が遅れちゃうのはやだな、なんて思っていたが、今は楽なもんである。戻ったらまたやりゃいいさ。

とりあえず、眠くなるまで本読んどくか。溶けかけの雪とか氷は、さすがに重かったから今夜もよく眠れそうだわw

「知人からの変なトークは大歓迎。
 でも仕事の連絡はLINEで受けたくない。 」


私が社会人になった頃、仕事連絡の主軸は電話。だがすぐにメールがその大半の役割を担うようになった。
パソコン時代だ。この時代は結構長いと思う。そしてスマホ時代に移り変わりLINEが出現。しごとの連絡にもぼちぼち顔をだしてきた。

今や知人との連絡にLINEは欠かせない。
電話連絡しずらいタイミングでも、テキストデータのLINEなら相手に状況を知らせることができたり、気軽に連絡することができる。
デメリットとしては、いつでもどこでも気軽に連絡がとれるということは、不可侵のプライベートタイムに割り込むものがあるということ。これについては通知をオフにし、見たくないときはiPadを閉じて回避している。

プライベートLINEはいいのだが、問題はしごとだ。
イヤイヤながらも時代の流れに逆らえず、自分としても「ちょっとだけならいいかな、、」と仕事連絡をLINEで受けるようになったのが大失敗だった。
仕事中別件で割り込まれるだけでなく、オンラインで仲間とゲームしている時、TDLでキャッキャしているとき、実家で祖母の介護中、お酒の席バカ話で大盛り上がりの時も、容赦なく連絡がくる。
在宅で仕事をもらっていたりするバイト主婦なので、そんなに仕事量は多くないのだが、「確認事項」や「教えてください」の連絡が入ることが多い。5分で終わるものあれば1時間かかるものもある。
連絡をくれる方は1回づつでも、別々に数件重なると、受ける方はたまったものではない。本当に暴れたくなることがある。この時間、お金にならないのですよ?

仕事は面白い。
今やっているものから継続しているものにしても、嫌いじゃない。好きな事を仕事にできているのはありがたい事だと思う。ただ、自分の生活があってこその仕事だと私は思っている。自分が充実していなくて仕事にがんばれるはずはない。
今までこまめに自分のオンオフのスイッチを使ってモチベーションを保って来たのに、LINEのしごと連絡でそれが崩れてきた。容赦なく仕事がプライベートに割り込んでくる「LINEでの仕事の連絡」が今絶大な負担だ。

LINEが悪いわけじゃない。使う側の問題なのだろう。だってツールだもんね。
使う側というのは、送信する人だけでなく受信する自分も含まれる。
同じようなコミニュケーションツールを使って颯爽と仕事してる人も多いのだと思う。タスク管理が徹底してできる優秀な人に違いない。気持ちの切替もできるんだろう。どんな風に切り分けているのだろうか?嫌にならないのかな?

なんにしてもツールに煩わされるとは我ながら情けない。
犬に先導され走って散歩する飼い主のようである。式神を使役できないダメ陰陽師のようでもある。
くやしいからちょっと対策を考え中なのでありました。

日記・思った事
 06, 2019 10:41

老いた。そして考え中

歳を重ね、おばさんから孫が居てもおかしくない感じになり、頭も白くなったし、顔のお肉も全体的に下がってきた。ああ、ばーちゃんになると優しげに見えるっていうのは、目尻が垂れるからなんだな(笑)

目が悪くなった。サバンナで獲物を見つけられると言われた視力も今や漫画本すら「メガネ、メガネ」。
筋肉もなくなりぷよぷよ。なのに若い頃にはあまり食べなかったスイーツが今や人生のお楽しみ。結果は…。

一番キツイのは脳みその衰え。忘れる、何事も面倒になって投げ捨て率も高くなる。
反応速度も遅くなった。キーボードの打ち間違いも多くなってきた。
ゲームでの反応速度なんかものすごい。何より新しいスキルを覚えるのが面倒になっている。私の脳みそのシナプスが「繋がりたくないよ!」と言っているかのようだ…。

あとなんだろー?
自覚がある内に「何がどう衰えたか」記録しておこうと思ったのに、既にいくつか忘れている気がする。日常になってしまえばこんなもん。
我が人生、生物学的終末に向けて色々と用意をはじめているのだなあ、と思う。まあいい。これはこれで結構興味深い。
問題はそれでも死ぬまでは生活して行かなくてはならないということ。
うーんうーん、どうせなら楽しくやっていきたいなー。自分で気持ちよく毎日をすごしたいなー。
何でもできなくなってきたからこそ、今やるべきこと 自分がしたいことや方向を、見失わないで進みたい。

と言いつつ、少し考えると面倒になるという体たらくw
まあ徐々にやってくか、できることからw
年末から雪かきモードに突入し、秋田と行ったり来たりの日々のドラです。

毎年この時期は遊びのお約束も仕事も少し調整し、お天気次第で帰省できるようにしている。
天気予報をみて、よし!このタイミングっと実家に帰ってみるも雪はない。どこをみても毎年山になっている雪捨て場に雪はなく、あら、今回は介護補助やら飯炊きでおわりかな?と思っていたのだが…。

まあそれでも一応と屋根にあがってみると、少ない雪が溶けて凍って2センチほどの氷になった部分やら、シャーベット状になったところの上に20~30センチの雪で、油断して踏み込んだら屋根でスケートをする始末。
そしてこの氷まじりのひとかきが、とっても重い!
「やばい!うちのレンジャーじじいに触らせたら、『俺じゃないとできない』ってスイッチはいって、絶対具合悪くなるまでやりつづける!」
なんとか父が一番上まで登る前に、ほとんどをやりきってやろう!
めちゃくちゃ頑張った結果、私のHPはゼロです。疲れました、しんどい、なんだこれ、去年よりハードモードじゃんか。

積雪量だけが雪かきが楽になる目安ではないのね、と、屋根で鼻たらしながらしみじみ思いました。

おまけもあった。
さて帰ろうかと深夜バスの予約をして翌日、ドカっと降りやがった。
ワンモア屋根の雪おろし。積雪量、やっぱりつらいよ。

*********
皆様にご心配をおかけしておりますが、実家は無落雪屋根。中央が緩やかに凹み周りに30センチ程度の枠があるので、そうそう屋根から落ちませんのでご安心を。
とはいえ屋根で転べばダメージもでかいし、やりようによってはやっぱり屋根から落ちるので、注意して作業しております!